秦 李斯沢山刻石

拓本・法帖

この石碑は李斯の達筆。書体は篆書。

 

日本でも有名ですが李斯について:
?~前210 中国,秦代の丞相。楚の上蔡(現在の河南省上蔡県の西)の人で若いころ郡の下級官吏であったが,志を立て,荀子に教えを受けた。

 

のち,秦に入って丞相呂不韋(りょふい)の舎人となり,才能を認められて,秦王政(のちの始皇帝)の側近の官に任用され,秦の外交策を立案して成功をおさめ,客卿に登用された。

 

前237年(始皇帝10),秦は他国出身者を追放する逐客令を出したが,彼の反対意見で中止しました。のち廷尉となり,秦の天下統一が実現すると丞相となった。

 

彼は,郡県制・文字の統一・法律の制定などを初め,諸子百家の書を焼かせて政治批判を防ぐことを進言し,秦の政治の基礎を確立することにつとめた。

 

長男李由は三川の守となり,息子も娘もみな皇帝の子女と縁組みし,権勢を誇った。前210年(始皇帝37)の巡幸に随行し,途中,皇帝の死にあうと,宦官の趙高と画策し,胡亥(こがい)を二世皇帝にたてた。

 

しかし,陳勝・呉広の反乱がおこると,李斯父子の責任が追求され,宦官の趙高にもはかられて,腰斬の刑に処せられた。

 

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最終更新日:2010年3月15日