唐 顔真卿多宝塔感応碑

拓本・法帖

 <大唐多宝塔感応碑>は唐天宝十一年(紀元752年)刻まれた石碑。

 

顔真卿の達筆、当時顔真卿は44歳。これを書道のスタートとして練習する人が多いです。

 

中国書道史では、とかく王羲之を正統派とし、顔真卿を革新派の書とする。

 

彼は755年に起こった安録山の乱に対し、一人兵を出して武勇を挙げ忠臣としての名をほしいままにし、また781年の李希烈の乱に際しても果敢に挑み、結局悲憤の最期を遂げた。

 

顔真卿の楷書の特徴である「蚕頭燕尾さんとうえんび」の法も、すでに北斉時代の仏教摩崖にその筆法の源流が窺える。

 

顔真卿の作品で現在知られるものには楷書碑が多く、それぞれに特徴があり、「一碑一面貌いちひいちめんぼう」と評される。

 

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最終更新日:2010年3月16日