|
■諸葛亮の子孫が住む諸葛鎮(村)の大公堂に保管され伝わるものです。
「夫君子之行、静以修身、倹以養徳。 非澹泊無以明志、非寧静無以致遠。 夫学須静也、才須学也。非学無以広才、非志無以成学。 滔慢則不能励精、険躁則不能治性。 年与時馳、意与日去、遂成枯落、多不接世。 悲窮盧守、将復何及。」
「それ君子の行ひは、静以て身を修め、倹以て徳を養ふ。 澹泊にあらざれば、以て志を明らかにすることなく、 寧静にあらざれば、以て遠きを致すことなし。 それ学は須く静なるべく、才は須く学ぶべし。 学ぶにあらざれば、以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。 滔慢なれば則ち精を励ますこと能はず、険躁なれば則ち性を治むること能はず。 年は時と与に馳せ、意は日と与に去り、遂に枯落を成し、多く世に接せず。 窮盧を悲しみ守るも、将た復た何ぞ及ばん。」
■諸葛亮孔明の人の上に立つものの心構えです。
「人の上に立つ者となるべき行いは、じっくりと構えて自分を練磨し、 何事にもよらず控えめに振舞い、人の模範となる行動を身につけることである。 無欲でなければ、大志を抱き続けることはできないし、 また、じっくり構えなければ、大きな仕事は成し遂げられないものだ。 じっくり構えるだけで、自分を磨く努力を怠ったのでは、能力を高めることもできないし、 大志を失ったのでは、自分を磨く努力を継続できない。 人を見下す気持ちがあったのでは、自分を奮い立たせることもできないし、 心に落ち着きが無ければ、性格も浮ついてくる。 時が経つのは早く、あっという間に歳をとる。 それとともに気力・体力ともに衰えて、世の中の関わりも少なくなっていく。 そうなってから慌てても、どうにもならない。」

■諸葛亮孔明の諸葛家に伝わる家訓です。
諸葛鎮の大公堂に掲げられた2つの文字。「武」は軍師の能力を、「忠」は主君への忠義を現す。この二文字はまさしく孔明の生涯を象徴するもの。孔明が子孫のために記した『誡子書{かいししょ}』が残されている。
「優れた人は静かに身を修め、徳を養う。無欲でなければ志は立たず。穏やかでなければ道は遠い。学問は静から才能は学から生まれる。学ぶことで才能は開花する。志がなければ学問の完成はない」
■孔明の生き様を示したものです。
孔明はつねづね自らを管仲・楽毅になぞらえていた。つねづね自らをなぞらえていたという管仲は周王室が権威を失い諸侯が互いに版図の拡張をはかって混戦を繰り返していた春秋時代に、斉の桓公をもりたててそれら中原諸侯を周王室の名のもとに再統一し、周王室から春秋時代最初の覇者としての権威をあたえられるまでにした名宰相である。この管仲のように、自らの理想を託するにたる明君をもりたてて滅亡に瀕した漢王室を再興しようというのが、孔明の青年時代の遠大な望みだった。そんな孔明の生き様を示したものである。
|