生きて行くためのこころの支え 般若心経 拓本

■般若心経は厳しい時代、こころの支えになります

 

不安や苦しみ、そして悲しみに打ち克って心の平安を得るにはどうしたらいいのでしょうか?
そのうちの一つとして般若心経を読経したり写経することがあります。

弘法大師は以下のように述べています。

般若心経という真言は、とても不思議な力を持っている。私たちが朝夕にこれを読み、唱え、深く考えて日々に実践すれば、生まれながらの煩悩を除くことができる。

その真言の呪文の一字一字には、無限の神秘な力が含まれている。だから、必ずその功徳によって自らも利益が得られ、他の人にも利益を及ぼすことができる。また日常の心に、超然とした心境を持つことができるのである。

また、

迷い苦しむ人間が、天、声聞、縁覚、菩薩と順々に深い教えに入ってゆき、最後は仏の世界に達する。

と解釈されています。

このような般若心経を飾って心の平穏を持ちませんか。

 

■これは仏説摩訶般若波羅蜜多心経です

 

たくさんある、般若心経の経典のうち、三蔵法師が漢訳した。仏説摩訶般若波羅蜜多心経です。尚、訳と解説は日本の仏教で一般的な般若心経で解説しています。

 

■般若心経・現代語訳

 

全知者であるさとった人に礼したてまつる。
求道者(ぐどうしや)にして聖なる観音(かんのん)は、深遠な知恵の完成を実践していたときに、存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものであると見抜いたのであった。


シャーリブトラよ、この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。


実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。
(このようにして)、およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。これと同じように、感覚も、表象(ひようしよう)も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。


シャーリブトデよ、この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。


それゆえに、シャーリブトラよ、実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく意志もなく、知識もない。眼もなく、耳もなく、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れらかる対象もなく、心の対象もない。眼の領域から意識の領域にいたるまでことごとくないのである。


(さとりもなければ)迷いもなく、(さとりがなくなることもなければ)、迷いがなくなるこ
ともない。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにい
たるのである。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。知ることもなく、得るところもない。それゆえに、得るということがないから、諸々(もろもろ)の求道者の知恵の完成に安んじて、人は、心を覆(おお)われることもなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、転倒した心を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。


過去・現在・未来の三世(さんぜ)にいます目ざめた人々は、すべて、知恵の完成に安んじて、この上ない正しい目ざめをさとりに得られた。
それゆえに人は知るべきである。知恵の完成の大いなる真言、大いなるさとりの真言、(しんごん)無上の真言、無比の真言は、すべての苦しみを鎮(しず)めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は、知恵の完成において次のように説かれた。



往(ゆ)ける老よ、往ける者よ、彼岸(ひがん)に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸いあれ。
ここに、知恵の完成の心を終わる。

■お経と意味を考えていきましょう

 

般若心経の解説の中には「空」と「色」が出てきます。簡単に解説しますと「空」は何もない世界。「色」は物質の世界。このようにとらえていくと、より解説がわかりやすくなります。

前段 合掌

仏説(ぶっせつ) 仏さまが説かれた教えのこと

摩訶(まーかー) 大きく、偉大なこと

般若(はんにゃー) 知恵のこと

波羅蜜多(はらーみーたー) こちらの岸「此岸(しがん)」から、あちらの岸「彼岸(ひがん)」へ渡る。つまり、悟りの境地に達すること

心経(しーんぎょう) 仏教の要点をまとめた肝心なお経

 

■第一段 発心(ほっしん)

 

皇太子としての地位を捨て、愛する妻も子も捨て、居城も捨てて、まったくの自由人となった釈迦は、悟りの知恵を求めました。
長い間深い修行の時を経て、ついに人間の心の根本となる道理を発見し、生きながらにして仏さまになったのです。では、どんな方法で悟りをひらいたのでしょうか。

 

観自在菩薩(かんじーざいぼーさー) 観世音菩薩、つまり観音様のこと、ここでは修行時代の釈迦のこと

 

行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー) 仏さまの知恵で波羅蜜多行(はらみたぎょう)を深く考え、それを行う時。

照見五蘊皆空(しょうけんごーうんかいくう) 人も物も形あるものはやがて亡びてなくなることを見きわめる。

度一切苦厄(どーいっさいくーやく) すべての苦しみや災難のある此岸から離れて安楽の彼岸へ渡る

 

■第二段 修行

 

苦しみ多いこちらの岸から眺めると、幸い住むと人という向こう岸は、はるかかなたです。そして、渡し舟は三隻です。一隻は、だれにも頼らず航行できるレーダー付き一人乗りボート「縁覚号」。もう一隻は、だれかに誘導してもらわなければ航行できない無線付き一人乗りボート「声聞号」。のこる一隻は、悩み苦しむ人は、だれでも乗せる全天候型豪華客船「菩薩丸」、船長は超ベテランの「ミスター釈迦」であります。
では、縁覚号、声聞号、菩薩丸の三隻は、これから悟りの岸に向けて出航いたします。
舎利子(しゃーりーしー) 釈迦の十大弟子の一人

 

色不異空(しきふーいーくう) この世の中のどんな物でも、ときがくれば消滅してしまう

空不異色 この世の中の物質は、みんな因縁により原子が集まって分子となり、分子が集まって作られたものだ。

色即是空空即是色(しきそくぜーくうくうそくぜーしき) 色不異空空不異色のダメ押しであって、色も空も根本は同じものだということ

 

受想行識亦復如是(じゅーそうぎょうしきやくぶーにゅーぜー) 物質や肉体ばかりが色や空になるのでなく、受想行識という心もまた色や空になる。仏教では肉体を色。心を受想行識の四つに分けています。受は感覚。想は感情。行は意志。識は判断を担当します。
舎利子是諸法空相(しゃーりーしーぜーしょーほうくうそう) 舎利子よ、私(釈迦)が説いてきた五蘊皆空などの教えはみんな大自然の姿なんだよ。人の一生は夢や芝居のようなもの、一場の夢にすぎません。

 

不生不滅(ふーしょうふーめつ) 大自然の生命は、生まれもしなければ死にもしない。
不垢不浄(ふーくーふーじょう) この宇宙は汚れてもいなければきれいでもない。

不増不減(ふーぞうふーげん) 大自然の生命は、増えもしなければ減りもしない。

是故空中(ぜーこーくうちゅう) だから空の中には 水や空気のように自由な方向から物を見たり考えたりしなさい。苦しみや心の迷いが生じたときは、偏見を捨てて、視点を転換して別の方向から考えてみなさい。

無色無受想行識(むーしきむーじゅーそうぎょうしき) 色という肉体もなく、受想行識という心もない。

無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜつしんにー) 眼も耳も鼻も舌も身も意も無かったら

無色声香味觸法(むーしきしょうこうみーそくほう) 色も、声も、香りも、味も感触も、心に感じることも無い。

無限界乃至無意識界(むーげんかいないしむーいーしきかい) 限界も、耳界も、鼻界も、舌界も、身界も、意識界も無い。

無無明亦無無明盡(むーむーみょうやくむーむーみょうじん) 無明も無く、従って亦、無明が尽きるということも無い

 

乃至(ないしー) (行 識 名色 六処 触 受 愛 取 有 生)

無老死亦無老死盡(むーろうしーやくむーろうしーじん) 老死も無く、従って亦、老死が尽きるということも無い

無苦(むーくー) 苦しみをなくす。

集(しゅう) 苦しみの原因をつきとめる。

滅道(めつどう) 苦しみを滅ぼして、正しい道を行く。

無智亦無得(むーちーやくむーとく) 智も無く、亦、得ることも無い もうすべてを勉強してもう学ぶことはない。という意。

以無所得故(いーむーしょーとくこー) 所得無しの心で

 

■第三段 菩提(ぼだい)

 

仏法という大自然の教えを信じ、敬って、心をこめて「菩薩行(六波羅蜜行)」を実践すれば、その功徳によって、思いがけないすばらしい「ご利益」があるのです。

 

菩提薩埵 悟りを開いた人

依般若波羅蜜多故(えーはんにゃーはーらーみーたーこー) 般若波羅蜜多の修行をすることによって

心無罜礙(しんむーけーげー) 心にこだわりが無い

無罜礙故無有恐怖(むーけーげーこーむうくふ) 心にこだわりが無いから恐怖心が無い。

遠離一切顚倒夢想(おんりーいっさいてんどうむーそう) 一切の間違った考え方や妄想から遠く離れなさい。

究竟涅槃(くーぎょうねーはん) 遂に悟りの境地に達する。

三世諸仏依般若波羅蜜多故(さんぜーしょーぶつえーはんにゃーはーらーみーたーこー) 三世の諸仏は般若波羅蜜多行をしたが故に。

得阿耨多羅三藐三菩提(とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい) この上もない悟りを得ることができる。

 

■第四段 涅槃(ねはん)


「縁覚号」や「声聞号」、あるいは「菩薩丸」といった、いろいろの乗り物を利用しても、行きつくためには、仏法を求める「一心」が大切です。その一心は「般若心経」という名の「陀羅尼」、すなわち「呪文」のことばに集約されているのです。

 

故知般若波羅蜜多(こーちーはんにゃーはーらーみーたー) 般若波羅蜜多を知ることによって

是大神呪(ぜーだいじんしゅ) この「般若心経」は神妙な真実の言葉

是大明呪是無上呪是無等等呪(ぜーだいみょうしゅぜーむーじょうしゅぜーむーとうどうしゅー) これは明白は言葉であり、これは最上の言葉であり、これは他に比べようがない言葉だ

能除一切苦真実不嘘(のうじょーいっさいくーしんじっぷーこー) 能(よ)く一切の苦しみを除くことは、真実で偽りではない

究竟(くぎょう) 般若心経の一字一字が真理の言葉です。この真理の呪文は、体と口と心の三つの働きが合致したとき、驚くべき効果が得られるのです。

故説般若波羅蜜多呪(こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー) 故に般若波羅多の呪文を説く。

即説呪曰羯諦羯諦(そくせつしゅーわつぎゃーてーぎゃーてー) 即ち呪文を説明すれば、行こう、行こう

波羅羯諦波羅僧羯諦菩提娑婆訶(はーらーぎゃーてーはらそうぎゃーてーぼーじーそわかー) 彼岸へ行こう、みんな一緒に彼岸へ行こう、みんな揃って悟りの彼岸へ行き着こう。

般若心経