
中国歴史浪漫 拓本を楽しむ1
曹全碑
曹全碑、正式名称<漢合陽令曹全碑>、<曹景完碑>とも言います。
曹全碑は隷書です。隷書は身分の卑しい奴隷(どれい)が実用文字として使用していたとも言われる。隷書は漢時代に一気に中国全土に広がった代表的な書体である。
隷書は、早く書くための速記のものとと、美しさを求める芸術のものとがある。
曹全碑(そうぜんひ)は、後漢の中平2年(185年)に刻された石碑。明の万暦年間に現在の陝西省の旧城から出土し、縦273×横95cm、碑陽は20行で1行45字、碑陰は建碑関係者57人の名が記されている。八分隷で書かれている。
曹全碑の横画はしなやかに上方へ反り 上がり伸ぴやかな波勢は美しい。偏の横画が右上がりになっていて、その曲線は偏と旁の関 連にもみられる。
礼器碑とともに漢代隷書の双璧とされる作品。流麗で典雅な趣があり、都会的で洗練された美しさ。波勢の豊かさは他にはありません。力強さがないとする人もいましたが。女性的な魅力があります。滑らかな線,伸びやかな波勢,均整の取れた姿,いずれをとってもすばらしいもの。
曹全、字は景完。敦煌效穀(甘粛省)の人。家は代々この地の有力者であったが幼くして父は没し、義祖母に養育され、継母に仕えたがその孝心の礼は篤く「親を重んじ歓を致す曹景完」と村人にたたえられた。そのため建寧2年(169)孝簾に挙げられた。郎中の官に除せられ、西域戊部司馬を拝した。この時疏勒国王の反乱を討伐し治績を上げた。弟の死去を悲しみ一時官を捨てたが、黄巾族の乱が起こるとこれを鎮圧し民政を安定させた。こうした曹全の功績をたたえて造られたのが「曹全碑」である。尚この碑は、曹全の生前に建てられており墓碑ではない。
以下に曹全の写真を陳列致します。
宜しくご鑑賞下さい。
お気に召したら販売もいたしております。


